2004.11

二千円札って完全になかったことにされてますね。

なにかのサイトの会員登録をするとき、生年月日を入れる箇所がある。

自分で数字を入力するものもあればプルダウンで日付を選ぶものもある。ボクも仕事で作ったりするが、何年から始めようかたまに悩む。

とあるゲームソフトのショッピングサイトでは、1896年から始まっていた。

1896年。明治27年だ。東京裁判所が完成した年。第一回オリンピックが開催された年。新しい5千円札の樋口一葉が亡くなった年。

もっと調べたら宮沢賢治が生まれた年でもある。生きてれば108歳だがネットでドラクエ注文したりするかなぁ。ちまちまレベル上げする宮沢賢治。

そういえばゴーシュとかグスコーブドリってドラクエの敵っぽい名前だよね。

更新間隔が開きました。元気ですよ。

うっかりジーパンを乾燥機にかけたまま寝てしまった。

乾燥が終わってからも数時間放置したら自然とアイロンをかけた状態になる。ぐちゃぐちゃのままアイロン。結果は想像つくだろう。

運がいいのか悪いのか、スラックスみたいに縦にぴっちりと折り目がついてしまった。それも右は1本、左は2本。タックが入ってるみたいだ。

履いてるうちに消えるだろうと思ったが、1週間経った今もはっきりと妙なタックが入ってる。履いたまま寝てみても消える気配がない。

洗い直せば済むのだがとりあえず1週間はがんばってみるというのがボクの性格らしい。漂白剤の失敗でケミカルウォッシュになっても1週間はがんばるだろう。

がんばるの意味がわからなくなってきている。

おめでとうメールをくれた方々、どうもありがとう。

昔のインディアンの数の数え方は、10を超えると「たくさん」になった。

現代社会に生きるボクたちの「たくさん」は、個人差はあるだろうが大体100ぐらいだと思う。100以上は感覚的に「たくさん」だ。

例えばお金が100万円あるとする。一万円札が100枚。これは数えられる。でも千円札が1000枚あったら数える気がしない。

1円玉100万枚の100万円だったらどうだ。もうなんだかわからない。ホントにこれ100万円の価値あるのか?たくさんありすぎると価値感が揺らぐ。

ボクは今日誕生日で28歳になった。28。大した数字じゃない。でも日数にすると1万日を超えているのだ。10000ってもう未知の数字だ。

10000日も生きた自分とたった28年しか生きてない自分。

正直言って価値にズレがあると思ってる。このズレがぴったり合うようにいろいろがんばっていこうという話しだ。よーし、がんばらないぞー!

今回のコラムみたいに真面目なんだか不真面目なんだかわからない感じで。

「楽天一場」というダジャレが蔓延する予感。

子供の頃、時差というのがよくわからなかった。

日本と8時間時差のある国があるとする。日本で朝8時に起きる人はその国では夕方4時に起きることになる。遅っ。

もちろんそれは日本の夕方4時であって向こうでは朝8時なのだ。でもその感覚がどうも理解出来なかった。時計そのものがズレてるんだと思ってた。

午後4時ぐらいになるとみんな起きてきて、8時に笑っていいとも見るんだ。テレビのゴールデンタイムは午前3時から。古い映画ばっか。

大人になって理解してきたつもりだが今度は別の問題が出てきた。日本時間とボクの生活時間とに時差があるのだ。ふつうに夕方4時に起きたりしてる。

グローバル。ということだろうか。ちがうな。

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